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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)3115号 判決

控訴人・附帯被控訴人(一審債務者)

浦山春栄

外四名

右五名訴訟代理人

星野恒司

被控訴人・附帯控訴人(一審債務者)

有限会社細谷愛鶏園

右代表者

細谷力

右訴訟代理人

濱田源治郎

中井川曻一

主文

本件控訴並びに附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)らの、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

事実《省略》

理由

一〈省略〉

二そこで、被控訴会社の被保全権利の有無について判断する。

1  被控訴会社は、まず、町道一七〇五号線の幅員は公式には二メートルであるが、地元住民が二〇年ないし一〇年以前から右町道に砂利敷きをして道路幅を二メートル以上に拡幅し、車両通行の用に供してきたのであるから、右事実からすると、右町道脇の控訴人郡司保之、同高安博ら沿接地所有者が、本件養鶏施設用地の前所有者内田正雄を含めた部落住民(以下「部落住民」という。)に対し、右拡幅された現況道路部分に通行地役権を設定する合意をしたものであると主張する。

しかしながら、町道一七〇五号線の公式幅員が二メートルであること、そのうち、本件区間には、従前から二トンあるいは四トントラックが乗り入れられており、その現況道路幅員が公式のものよりも拡幅されていたこと、また、本件区間には、昭和五〇年頃トラックなどの通行により凸凹が生じたため、控訴人らの要請に基づき小川町役場により砂利が敷かれたこと、本件区間の本件仮処分申請当時の実際の幅員は、おおむね2.5ないし三メートル余であつたことは前判示のとおりであるけれども、右の事実関係は、控訴人郡司、同高安ら沿接地所有者が、二メートルの公式幅員の町道を越えた沿接地の通行を、部落住民に対し事実上黙認してきたことを推認させこそすれ、それ以上に右の沿接地所有者が部落住民に対し、右拡幅された現況道路部分に該当する沿接地に対し通行地役権を設定する合意をしたことの疎明があるとするには足りないというべきであるから、その他かかる通行地役権設定の合意につき、いまだ疎明のない本件においては、被控訴会社の右主張は理由がなく、採用できない。

2  次に、被控訴会社は、前記のとおり地元住民が二〇年ないし一〇年以前から町道一七〇五号線に砂利敷きをして道路幅を公式の二メートル以上に拡幅して車両通行の用に供してきたのであるから、部落住民は、部落住民の所有地を要役地、右拡張された現況道路部分を承役地とする通行地役権を時効取得したと主張するが、前判示の事実関係によるも、またその他本件全資料によるもいまだ、被控訴会社主張の右時効取得を認めるに足りる事実の疎明があるとするには足りないから、右主張は理由がなく採用できない。

3  更に、被控訴会社は、町道一七〇五号線の公式幅員二メートルでは、通常の乗用車もしくは貨物自動車を通過させることは不可能であり、したがつて本件養鶏場用地から町道八号線に出る車両に関しては、右土地は袋地と同視されるべきであるから、拡幅された現況道路部分について囲繞地通行権を有する旨主張するが、前判示の事実によれば、町道一七〇五号線の公式幅員のみであつても、前記軽四輪貨物自動車は勿論、これと大差のない車幅の車両は通行可能とみられるのであるから、それを超える車幅の車両の通行が不可能であり、また、それにより被控訴会社の鶏・卵・飼料その他の物資の効率的運搬に、被控訴会社の期待に反し、ある程度支障が生ずるとしても、(なお、現代社会の生活・経済が自動車に依存し、それを必要とする程度の高い現状に至つていることを考慮しても)、いまだ、被控訴会社所有の本件養鶏場敷地をもつて囲繞地通行権成立の要件である「袋地」にあたるものということはできないし、他に右「袋地」と判断するに足りる事実の疎明はない。

よつて、被控訴会社の右主張も理由がなく、採用できない。

4 ところで、被控訴会社の前記主張は、いずれも町道一七〇五号線の公式幅員二メートルを超える現況の拡幅された道路部分について通行権を有することを主張するものであり、それは、右町道についての公道としての通行権を前提とした主張と解されるところ、何人も公道については、当該公道に対する他の者の利益ないし自由を侵害しない程度において、法令・信義則にのつとり、社会の通念に照らし妥当とされる態様で公道を通行に使用する自由権を有するものと解するのが相当であり、もしこの通行の自由権を妨害され、その妨害が継続するときには、当該妨害者に対し、これが妨害の排除を求めることができるものといわなければならない(最高裁判所昭和三九年一月一六日判決、民集一八巻一号一頁参照)。

これを本件についてみるに、叙上説示の如く、町道一七〇五号線は、従前から南側にのみ(但し、町道八号線との分岐点付近では北側にも)おおむね0.5ないし一メートル余拡幅されており、控訴人らは、本件養鶏場建設着工以前においては、相当長期間にわたつて車幅二メートルを超える四トントラックなどが町道一七〇五号線を通行するのを黙認してきたにもかかわらず、被控訴会社が右建設に着工するや、右建設に反対してこれを阻止する目的で、右町道の公式幅員に合わせて「図面」第一表示の赤丸部分にコンクリート杭一二本を打ち込み、工事請負業者の車両の通行を妨害しようとしたものであること、その他、右町道の周辺農家の保有する車両の中にも、右町道の公式幅員のみでは通行不可能なものも存在すると推認される(控訴人ら代理人は、本件控訴状において、周辺農家で保有する車両の中に「トヨエース」があると主張しているところ、前判示のとおり車幅1.69メートルの「トヨエース」は、前記公式幅員のみでは通行不可能である。)のであること、その他、叙上説示の本件事実関係(本件町道・沿接地の位置、地勢、環境、利用状況その他諸般の事情をふくむ。)のもとにおいては、被控訴会社又はその委託を受けた者(以下「被控訴会社ら通行者」という。)が、自動車をふくむ車両により前記町道を通行するにあたり、車輪・車体がやむなく、後記説示の範囲で多少はみ出て相隣の私有沿接地上を一過的に通過することがあつても、このような通行は、これにより沿接地所有者に沿接地の使用収益につき格別の損害も与えない以上、被控訴会社ら通行者の有する公道通行の自由権の行使の一態様として、信義則上許容されるべきものであり、一方、沿接地所有者が、沿接地所有権を主張し右態様の通行を妨害・阻止しようとするのは、信義則に反する不当な権利の行使として許容されるべきものではないと解するのが相当である。

そして、叙上説示の事実関係に照らし考量するに、被控訴会社ら通行者が、右町道から前記説示の態様ではみ出して通行の許容される沿接地部分は、「図面」第二のとおり、右沿接地のうち、右町道敷きとの境界線に沿う幅0.5メートルの部分(赤色表示)(以下「赤色表示部分」という。)が相当であり、また、右町道の公式幅員が二メートルであること等にかんがみ、通行車両の車幅が二メートルを超えないものに限るのが相当であると判断する。

控訴人らは、町道一七〇五号線の公式幅員を超える沿接私有地について、これに杭を打つことは法律により許容された範囲内にある旨、また、一律に片側五〇センチメートル幅の沿接地を提供しなければならない理由はなし旨主張し、一方、被控訴会社は、通行車両の車幅を二メートル以下のものに限定されると、四トントラックはおろか消防自動車も通行不可能となるので、かような制限は許されない旨主張するが、以上の理由で(なお、本件の場合、緊急自動車の通行の可否自体は、その性質上又別個の問題と解される。)いずれも採用の限りでない。

そうとすれば、被控訴会社は、保全の必要性が存する限り、公道たる町道一七〇五号線に対する通行の自由権を被保全権利として、仮処分により、控訴人らの前記通行妨害行為の排除・禁止を求めることができる(但し、通行車両について車幅二メートルを超えない制限のあること前説示のとおり)というべきである。

三被控訴会社の保全の必要性についてみれば、被控訴会社が本件養鶏場の建設に着手し、現在、既に完成して操業を開始したことは前判示のとおりであるところ、被控訴会社は、その操業を継続維持していくために、貨物自動車による鶏・卵・飼料その他の物資の運搬が必要であること、したがつて、「図面」第一表示のAないしFのコンクリート杭六本が撤去されなかつたり、「図面」第二表示の幅・0.5メートルの赤色表示部分の通行を妨害されれば物資の効率的運搬に支障を生じ、多大の損害を被るであろうことが一応認められるので、本件仮処分の必要性の疎明があるものといわなければならない。

なお、本件仮処分決定並びに原判決当時、被控訴会社に保全の必要性があつたことも、本件資料により疎明がある。

四なお、控訴人らは、「控訴人らは、被控訴会社の本件養鶏場建設によつて、その悪臭、騒音、その他付随する種々の公害が発生し、生活環境が破壊されるので、被控訴会社の右建設工事を差し止めるために控訴人らの所有地内にコンクリート杭を打ち込んだもので、正当な行為である。」旨の主張をするが、これについては、右主張を是認するに足りる事実の疎明はないから採用できないと判断するほか、原判決理由(原判決一五枚目表九行目から同一〇行目の「たとえ」から同裏六行目末尾まで)と同一であるから、これを引用する。

五以上の次第で、被控訴会社は、控訴人らに対し、公道の通行の自由権に基づき、「図面」第一表示のAないしFのコンクリート杭六本の撤去の仮処分、「図面」第二表示の町道敷きとの境界線に沿つて幅0.5メートルの赤色表示部分の沿接地につき通行妨害禁止の仮処分を求めることができる(但し、通行車両について車幅二メートルを超えない制限のあること前示判示のとおり。)ので、被控訴会社の本件仮処分申請は、右の限度で正当であつて右の限度でこれを認可すべきところ、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴並びに附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴、附帯控訴の各費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(後藤静思 奥平守男 橋本和夫)

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